システムエンジニア年収アップ|無理し過ぎると精神力崩壊に繋がる

システムエンジニア年収アップ|無理し過ぎると精神力崩壊に繋がる

システムエンジニアで、効率良く年収をアップさせようと思うのなら、フリーse(システムエンジニア)になるという選択肢が、最も確実で有利です。

ということは、当サイトでもあちらこちらで言ってきました。

そして、フリーseで重要なことは強靭な精神力を身につけることなのですが、無理をし過ぎると精神力の崩壊に繋がってしまいます。

私は、これまで精神力が崩壊するまで、無理をしたことがないので、実際にはどこまで無理をすれば良いのかという加減がわかりません。

精神力が崩壊すると、鬱病(うつびょう)だとか、自律神経失調症(じりつしんけいしっちょうしょう)とかになるというじゃないですか?

それらの人たちの多くは、目の前の無理難題に挑んで、それを越えることができずに精神が崩壊してしまってなってしまうようなことをよく耳にしますよね!?

私の弟も、実際に目の前の無理難題を越えることができずに、鬱病になってしまったようです。

私の家系は、優秀な人間が多く、私以外の人間はみな、鬱病になった経験があるそうです。

私は、昔から怠け者だったので、無理をしたことがありませんでした。

親戚に言わせると、「おまえのところは、おまえだけ失敗作だな〜!!」などと言われて、大勢で大笑いをしたことがあります。

私も自覚があったので、みんなと一緒に大笑いをしていました。

私が、世の中生きて行くには、強靭な精神力が必要だということを、人生の後半に要約気が付きました。

それで、このままではいけないと、改心をして、今現在でも一生懸命コツコツと、精神力を身につける努力をしている最中です。

精神力というものは、得体の知れないものですが、身につけておかなければ、ろくな人間にならないものなんです。

人間は、今までどれだけの苦労をしたことがあるかで、価値が決まります。

それを判断するための材料として、学歴というものがあるんです。

受験で、どれだけの難関を突破してきたかということが判断できるので、就職の時学歴が重要視されるんです。

私は、そこそこ無難に生きて来てしまったので、何も苦労してきませんでした。

システムエンジニアを30年以上もやってきましたが、徹夜徹夜の連続だった時、上司の「帰っていいよ」の一言に、サッサと帰っていた類の人間だったんです。

上司に「帰っていいよ」と言われて、帰ってしまう多数派の人間になってしまうのは、ひとつも精神は鍛えられないんです。

他の人と、同じことをやっていてはダメなんです。

こういう時こそ、ライバルよりも抜きに出るために、敢えて上司と一緒に残って、上司の手助けをしてあげるんですよ。

上司だって、本当は帰りたくて帰りたくてしょうがないんです。

部下をみんな帰してしまうと、自分一人ぼっちとなってしまい、物凄く心細いんですよ!!

でも、全員で残ってしまうと、次の日が全滅状態になるので、責任感をみせてやむを得ず部下に帰るように指示を出すんです。

この時こそ、部下の一人であったなら、精神力を鍛えることができる最高のチャンスだったんです。

私は、このチャンスをみすみす逃してしまったんです。

それで思い出しましたが、精神力というのは疲れ果てた時に鍛えるチャンスが訪れるんですよね!?

睡眠もバッチリで、元気満々の時は、誰もがコンスタントに仕事をこなすことができるんです。

しかし、徹夜徹夜の毎日となると、仕事をやるのが辛くなってくるんです。

そういえば、思い出しました。

若い頃、私も毎日毎日徹夜の連続という日が、過去にありましたよ!!

月曜日の朝に出勤をすると、日曜日の夜まで帰れなかった激務だった現場が。

このサイトのタイトルにもなっている、激務の現場でした。

あの時は、本当に眠気覚ましのモカを飲んで、ラリッてしまったり、日曜日に仮眠をとるために帰宅ができる最終電車で、お化けに遭ったりと、不思議な現象が次々に現れたものでした。

あの時のあの苦労は、上司から矯正をされて、嫌嫌行っていたことだったので、精神力はそこそこ鍛えられたかもしれません。

しかし、もしあの時、私にもう少しやる気があれば、自らの精神力はもっともっと鍛えられたはずです。

物凄いチャンスを逃してしまいました。

でも、あの時はたくさんの他社のプロパーが辞めて行った現場でもありました。

連日連夜徹夜の嵐だった経験は、非常に有意義で、後々の徹夜には、一切ひるまなくなりました。

他の人間が、当たり前のように定時で帰る中、私は自ら居残って、率先して徹夜に務めたことがあったことを思い出しました。

それが、私が始めて「ギークスジョブ」にお世話になった時の仕事です。

あの、リーマンショックで、世の中が一斉に不景気となり、システムエンジニアの仕事に何カ月も就けなかった時の仕事です。

そのような状況の中、ダメ元で「ギークスジョブ」に登録をした時です。

すると、すぐさま仕事の紹介メールが届き、1週間で決まった時のことを、改めて思い出しました。

当時は軒並み単価が安い仕事が、わずかながらに出廻る中、ギークスジョブの仕事は私の平均額を越える仕事だったんです。

あの不景気の中、普段以上の金額で私に仕事を紹介してくれた「ギークスジョブ」が、私にとっては命の恩人とさえ感じる存在になったんです。

当時は、「ギークスジョブ」がまだ「エンジニアナビ」と、呼ばれていた時代でした!!

あの時、辞めて行ったプロパーたちは、その後に私の紹介で「ギークスジョブ」からフリーseとなって、未だに現場では第一線で活躍しています。

知らず知らずのうちに、私たちも精神力が鍛えられる場面があったんですね。

忘れていましたよ!!